2025.03.10
松坂屋名古屋店本館20年振りの大規模改装。空間を出発点に、人が輝くための店舗づくり

取材・執筆:生木卓 編集:末吉陽子 撮影:上野英和
老舗百貨店の挑戦。時代を超える価値の創造
――大規模リニューアルで、本館3階(ラグジュアリー)、4階(レディスファッション)、8階(アート)の3フロアは大きく変わりました。大津通側のエリアは「銅」、久屋大通側のエリアは「真鍮」のデザインで統一されており、上品で重厚な印象です。どのようなことから取り組まれたのでしょうか?
永山祐子氏(以下、永山):まず、松坂屋名古屋店の歴史を紐解くことから始めました。同店がこの場所で重ねた遍歴をたどることは、デザインを考えるうえで起点となりました。印象的だったのは、戦後の焼け野原の中に本館の建物だけがポツンと建っている写真です。「生活と文化を結ぶ松坂屋」の言葉通り、戦争から復興をしていく過程で、まさに名古屋店が地域の人々が生活と文化を復興させるうえでの支えだったことを想像することができました。
今回のデザインでは「銅」と「真鍮」をメイン素材に使用していますが、この2つは明治時代の建築物に多く使われてきた素材です。時間の経過とともに味わいが増す特性を、松坂屋の未来に重ね合わせました。
(左)「3階は本物の銅板と鋲を使っています。限られたコストの中で、みんなで知恵を絞りました」と語る永山氏 (右)フロアに2つあるエスカレーターを囲む楕円計のスペースのメイン素材に、それぞれ「真鍮(上)」と「銅(下)」を使用 (下右 1949年の標語「生活と文化を結ぶ松坂屋」J.フロントリテイリング史料館提供)(上右 下中 名古屋店提供)
店づくり推進部 森禄介氏(以下、森):永山さんには、最初に「まったく新しい空間をつくりたい」と伝えました。松坂屋名古屋店の歴史を紐解いていただきながら、そこからデザインと共にコンセプトを一緒につくることができたのは、従来型のデザインとらわれがちな私たちにとって、とてもワクワクする経験でした。「生活と文化を結ぶ」「売場の中に文化を取り入れる」「美術館」など名古屋店が大切にしてきた文化へのこだわりと強みのアートを昇華させて、「アートでブランディングをする」という軸が固まりました。
(左上)3階西側エスカレーター前のオープンスペース (右上)「今までの松坂屋にない、まったく新しい空間づくりにチャレンジしました」と語る森氏 (右下)曲線をつかうことで「回遊したくなるフロア」を実現 (左下)同じ素材を使ったエリアでも、場所によりその使い方が異なっています(上左 下段 名古屋店提供)
――改装後は、周回したくなるフロアになったという声が多く聞かれます。各フロアのデザインについては、どのように進めていったのですか?
永山:まず、館内の新しい世界観を作るにあたり、ひとつの街をつくる都市計画のような感覚で取り組みました。具体的には、お客様が店内をくまなく歩き回り、多くのお店に立ち寄っていただけるような仕掛け、いわゆる「回遊性」を高める工夫を随所に施しました。
例えば、広い館内の位置を直感的に把握できるように、大津通側と久屋大通側のエスカレーターを囲むエリアを銅と真鍮で統一し、縦の動線を強調しています。それぞれのフロアではエスカレーター同士を見通しの良いメイン通路でつなぎ、自然と「あそこまで歩いてみよう」という気持ちが湧いてくるように設計しました。
20年ぶりとなる本館の大改装に、 「ひとつの街をつくる都市計画のような感覚で取り組みました」と語る永山氏
店づくり推進部 比留間捨造氏(以下、比留間):僕は4階を担当させていただきました。同質化が指摘される百貨店にとって、4階のレディスファッションフロアの再編は、今回のリニューアルの大きな課題でした。ファッションとは、単に服を買うということではなく、ライフスタイルの中でお気に入りのものを増やしていくことです。そこで、MDチームとディスカッションを重ね、服以外にもさまざまなカテゴリーの商品を扱うことにしました。結果として、3階と4階合わせて6割が新しいショップに変わっています。
4階にある「セントラルステージ」は、永山さんの言葉を借りるとフロアの真ん中にある“公園”ですが、ここでどのような商品を扱うかギリギリまで悩みました。最終的には、自分たちで思いを形にできる自主運営の売場にして、アパレルだけでなくジュエリーやアートなども扱うことにしました。
(左)永山氏が店舗や什器のデザインまで手掛けた4階の「セントラルステージ」 (右)「どういう商品を扱うのかMDチームと最後まで悩みましたが、一番松坂屋らしい売り場をつくることができました」と語る比留間氏 (上左 下中 下右 名古屋店提供)
永山:セントラルステージは特徴的な場所で、ここをどう使うかが肝だと思っていました。出来上がってみると、今回のリニューアルの「らしさ」が詰まっていて、一番パッションを感じるところです。4階フロアは、私の好きなブランドもいっぱい入っているのですが、以前の松坂屋のお客様とはまた違う顧客層の方が増えていて、すごくよかったなと思います。
創造力を結集し、デザインと想いを融合
――8階では、アート売場を2.5倍に拡大して「ART HUB NAGOYA」が誕生しました。1フロア全部をアート空間にするのは国内百貨店初の試みです。
店づくり推進部 池田航氏(以下、池田): アートでブランディングをするためには、8階のリニューアルは最も重要なポイントでした。私は「1フロアをまるごとアートにする」「できる限りオープンな空間にする」「集客、滞在するコンテンツを入れる」の3つのことを貫きたいと思っていました。
ART HUBという名前には、国内外からアートに興味を持っていただいている方が訪れる・つながる場でありたいという思いが込められています。とはいえ、作家やギャラリーはクローズドな空間で自分の世界を見せたいので、画廊は2つともクローズドになりましたが、永山さんにできるだけ解放感が出るように設計していただきました。アート要素を持った集客コンテンツについては、カフェを設置することになりました。まずはエリアのいろいろなプレイヤーに使っていただいて、場所の価値を上げたいと思っています。
(左上)「まったく新しいアートフロアができたことで、従業員の意識にも変化が生まれました」と語る池田氏 (右上)柱も上手く利用したオープンギャラリー (右下)アートフロア中央のカフェは、名古屋でも話題の店舗がプロデュース (左下)二つの画廊も常設スペースとして備えています (上右 下段 名古屋店提供)
永山:オープンギャラリーと画廊とカフェがあって、カフェからギャラリーが見えたり、ギャラリーからカフェが見えたり、画廊からオープンなギャラリーが見えたり。いろんな関係性が生まれて、結果的にすごくいいバランスになりました。カフェに座ってアートのある空間を眺めていると飽きることがありません。ミュージアムのカフェで過ごす体験に近いのかなと思います。
店づくり推進部 工藤昌之氏(以下、工藤):カフェを目玉にされるミュージアムも多いんですが、作品との距離感に関しては、他の美術館やギャラリーとは比較できないほど近く、アートと融合した空間になっていると思います。
――アートといえば、3階と4階のウォールミュージアムも印象的です。
工藤:あの場所は、実は裏に設備があって売場にしづらいことが難点でした。リニューアルにあたり8階でアートを思いっきり展開して、館内をアートでブランディングしていくことになりましたが、僕がプロジェクトに参加したときには、各フロアでアートを提案する場所はなかったんです。そこで、「中途半端な売場を作るぐらいであれば、パブリックな空間にしてアートを入れていけばいいんじゃないか」という逆転の発想で、ウォールミュージアムが完成しました。
アートは1ヵ月ぐらいで入れ替えるのですが、この高いレベルのパブリックアートを売場の1番いい場所で展開する例は、おそらく日本の百貨店では初ではないでしょうか。ただ、舞台だけ作ってもオペレーションができないとダメです。当社には、商品の視覚的な演出を専門とする、スキルの高いVMD(ビジュアル マーチャンダイジング)のチームが在籍しているので、やりきってもらえると自信を持って進めることができました。
「ネガティブな要素もポジティブに捉えてアイデアに変換する永山さんの手法からは、たくさんのことを学ばせていただきました」と語る工藤氏(写真中央)
永山:最初に提案をお聞きしたときに、メイン動線の両端にアイストップとして文化的な要素が入ると、「豊かな街づくり」を感じるので、とってもいいなと思いました。多分毎月新しい展示を続けることは大変だと思いますが、そういう一つひとつが百貨店そのものの新陳代謝を生み出します。もともと、リニューアルを担当するにあたり、私の中には「百貨店ってなんだろう、ただ商品を飾ればいいんじゃないよね」という問いがありました。ウォールミュージアムは、この問いに対する一つの答えを象徴していると思います。
「一面だけ美術館」をコンセプトに、リニューアル対象フロアに10カ所設置されている「ウォールミュージアム」。一番いい場所を使って、1カ月ごとに展示を変えていく
地域と歩む未来。栄エリアの活性化への貢献
――松坂屋名古屋店のリニューアルを通して、どのような変化を感じますか?
森:コンセプトを現場に浸透させていくことが、僕たちの仕事だったと感じます。「生活と文化を結ぶ松坂屋」という言葉はこれまでも大事にしてきましたが、今まで具体的に表現しにくい部分もありました。今回も「アートでブランディングする」を具現化する手法をなかなか見出せなかったところに、永山さんと工藤さんのアイデアでウォールミュージアムのように新しい場所が生まれました。
高い水準の企画を継続し、多くのお客様に知っていただくことが、今後の課題だと思っています。また、25年春から夏にかけては、本館5階から7階、北館6階においても、リニューアルが続いていきます。これまで改装したフロアでは顧客層は大きく変化し、狙った層の獲得に成功していると感じています。これからはそういった顧客の変化に合致させるためよりソフトに近い部分を強化していくことが重要だと感じています。
池田:リニューアルを経て、松坂屋名古屋店を訪れるお客様の層は明らかに広がりました。さらにそれに加えて、そこで働く従業員の意識も変わったように感じます。これまでの改装では全員の意識を変えることは難しく、「いいフロアができたね」で終わってしまいがちでした。
ところが、今回は本当に意識がガラッと変わりました。例えば、アートフロアについては、従業員同士で「この空間を生かすためにはどんなことをしたらいいのだろう」というアイデアを出し合う姿が見られるようになりました。それが各フロアに波及して、さらには「店を変える、グループの店舗と連携する、街を活性化するためにはどうすればいいのか」と発想が広がり、いろいろなプレイヤーを巻き込みながら新しい取り組みを拡大していくことができればと考えています。
(左)リニューアルの苦労話や学んだことを語り合う本社店づくりの推進メンバー(右上・右下)エスカレーター横のレストスペースのベンチは地元アーティストの作品
比留間:お客様と従業員が変わったという話が出ましたが、お取引先様からの評価もかなり変わりました。今回のリーシングを通じて、名古屋店が持つ顧客基盤などのリソースは高い価値があるということが改めてわかりました。ご出店いただいたお取引先様からも「出店してよかった」というありがたい評価をたくさんいただきました。東京や大阪とも違う、この名古屋という場所にこれだけ素敵なマーケットがあるということを、今回のリニューアルを通じて、より多くの人に再認識していただけたのではないでしょうか。
工藤:商品や販売サービスにふさわしい環境ができ、素敵なお客様や販売員のキラキラとした姿を見る機会がどんどん増えてきています。ある意味、そういう風景は何物にも変え難い環境デザインになっていて、工事が完成して以降もさらに日々素敵な空間になってきているように見えます。名古屋の栄は、きっかけになることがあれば響いてくださるお客様がたくさんいらっしゃる街です。リアルでのお買い物体験をもっともっと素敵にしていくために何が大切なのか、さらに深く考えていく必要性を強く感じています。
「お客さまだけでなく、そこで働く人の士気が上がるフロアづくりが大切」と語り合う永山氏とメンバー
永山:今日、皆さんとお話して改めて思ったのは、店づくりの中で大切なのは、お客様のご満足と同じくらい、働く人の熱量が上がるということ。私は「デザインした空間が、売る人が気持ちよく接客できる、色々な発見がある、気分が上がっていく、そういう場所になったらいいな」と思っていました。
リアル店舗の一番の価値は、人が人に物を売るということ。Webの世界では、まったく会話をせずに物を買うことができますが、人から物を買うことは、コミュニケーションが生まれるため、すごく大事な文化ではないでしょうか。百貨店はまさにその最たるものです。公共的なスペースよりもショップの光が強くなるように光のボリューム、バランスに変化をつけたのには、お店自体が輝いて欲しいし、そこで働く人が輝いて欲しいという思いがあります。松坂屋の皆さんへの願いは、空間を出発点に、人が活性化するということ。それが叶うことが建築家の一番の喜びです。
PROFILE
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永山 祐子
建築家
東京生まれ。昭和女子大学生活美学科卒業後、青木淳建築計画事務所を経て、2002年に永山祐子建築設計を設立。名古屋店改装プロジェクトには2022年から参画。主な仕事に「LOUIS VUITTON 大丸京都店」「豊島横尾館」「女神の森セントラルガーデン」「ドバイ国際博覧会日本館」「東急歌舞伎町タワー」など。JIA新人賞(2014)、山梨県建築文化賞、東京建築賞優秀賞(2018)、照明学会照明デザイン賞最優秀賞(2021)、World Architecture Festival Highly Commended (2022)など。現在、2025年大阪・関西万博「パナソニックグループパビリオン『ノモの国』」と「ウーマンズパビリオン in collaboration with Cartier」、Torch Towerなどの計画が進行中。
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森 禄介
大丸松坂屋百貨店 店づくり推進部 新規プロジェクト推進担当 スタッフ
2007年松坂屋入社。名古屋店店づくり担当(北館プロジェクト)、本社特選デベロッパー&エディターなどを経て2020年から本社店づくり担当。名古屋店プロジェクトに2021年から携わる。本プロジェクトにおいては、事務局の業務を統括するほか本館3階フロアと北館6階を担当。JFRグループで進めるエリアマネジメントプロジェクトでは事務局メンバーとして参画。
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池田 航
大丸松坂屋百貨店 店づくり推進部 新規プロジェクト推進担当 スタッフ
2008年松坂屋入社。名古屋店紳士服売場からキャリアをスタート。名古屋店の店づくり担当などを経て、2022年から本社店づくり担当。本プロジェクトにおいては、本館8階のアートとライフスタイルリビングをMDチームと連携して担当。栄をはじめエリア活性化についてのエリアマネジメントの研究も進めている。
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比留間 捨造
大丸松坂屋百貨店 店づくり推進部 マーケティング戦略推進 マネジャー
2007年松坂屋入社。本社婦人雑貨、化粧品デベロッパー&エディター、大丸東京店特選・化粧品マネジャー、DX推進部(コスメOMOプロジェクト)などを経て、2022年から店づくり担当。万博プロジェクト、催事などコンテンツ開発を担う。本プロジェクトにおいては、本館4階5階、北館地1階フロアを担当。
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工藤 昌之
大丸松坂屋百貨店 店づくり推進部 マーケティング戦略推進(名古屋担当) スタッフ
1989年大丸入社。大丸神戸店、大丸心斎橋店、松坂屋名古屋店(ごちそうパラダイス、北館プロジェクト)等のストアデザイン担当などを経て、名古屋店プロジェクトには2022年から携わる。大丸松坂屋各店の改装プロジェクトに参画して、社外の様々なデザイナーと共同しながら新しい売り場環境を作ってきている。