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2025.01.10

「推し」ができるような体験を届けたい。大丸松坂屋百貨店宗森社長×和田プロジェクトマネージャーに聞く「明日見世」の挑戦

「推し」ができるような体験を届けたい。大丸松坂屋百貨店宗森社長×和田プロジェクトマネージャーに聞く「明日見世」の挑戦
大丸東京店9階に店舗を構える「明日見世」は、「であい めぐる みらい」をテーマに掲げた“モノを売らない店”です。このユニークなコンセプトの背景には、大丸松坂屋百貨店(以下、大丸松坂屋)が長年培ってきた接客力を最大限に活かし、「訪れる人にリアルな店舗だからこそ味わえる特別な楽しさを届けたい」という強い想いが込められています。 「明日見世」に込められた挑戦が、どのように新しい価値を生み出し、未来を形作っていくのか。今回は、大丸松坂屋百貨店の宗森耕二社長と、「明日見世」の責任者である和田房恵プロジェクトマネージャーに、その狙いやビジョンについて語っていただきました。

取材・執筆:小泉ちはる 編集:末吉陽子 撮影:関口佳代

 

 

「リアルでのコミュニケーション」を重視したショールーミングスペース


 

――「明日見世」は2021年10月にオープンしました。まず、特徴について教えてください。

 

和田房恵(以下、和田):「明日見世」は、ECサイト経由で直接販売するD2Cブランドなどのショールーミングスペース、つまり“モノを売らない”体験型ストアです。展示会やSNSで見つけたブランドから商品をお借りして店頭へ展示し、お客様に手に取っていただく。さらに、商品背景を熟知したアンバサダーが接客し、実際に商品の説明やブランドストーリーを語ります。お客様から吸い上げた生の声は、ブランドへしっかりとフィードバックを行います。

 

収益はブランドからの出品料を頂く形です。現在、3ヵ月間に約20ブランドの展開を1つの区切りとして、年間80~90ブランドを展開しています。

 

「明日見世」がオープンしたのはコロナ禍。コロナの影響で様々な物事がオンラインにシフトしていきましたが、人とはリアルな繋がりを求めるものです。だからこそ、改めてオンラインの場では得られない「リアルでのコミュニケーション」の価値が高まっていくと感じました。加えて、「モノを売る」という従来の百貨店のビジネスとは異なる視点から、新たなマネタイズの方法を模索したいと考えたのが、「明日見世」プロジェクトが立ち上げられたきっかけです。

 

「他のショールーミングスペースと比較して、アンバサダーの接客に力を入れているのが『明日見世』の強みです」と和田プロジェクトマネージャーは語る

「他のショールーミングスペースと比較して、アンバサダーの接客に力を入れているのが『明日見世』の強みです」と和田プロジェクトマネージャーは語る

 

――「明日見世」プロジェクトの立ち上げについて、経営者視点ではどのようにご覧になっていますか。

 

宗森耕二(以下、宗森):日本の人口が減少していく中で、小売業の店舗販売の成長は限られています。そこで、事業ポートフォリオの改革を意識しています。投資の視点でいえば、百貨店のような「今の稼ぎ頭」の既存事業だけでなく、既存事業の周辺にある「明日見世」のような新規事業やあるいはまったく新しい事業への配分が必要です。こうした流れが、「明日見世」のような新しいチャレンジを生んでいます。

 

「人口が減少していく分、現状の延長では成長に限界がある。百貨店の価値を高める新しい挑戦を重ねないといけない」と語る宗森社長

「人口が減少していく分、現状の延長では成長に限界がある。百貨店の価値を高める新しい挑戦を重ねないといけない」と語る宗森社長

 

――2024年9月18日に、「明日見世」は4階から9階へ移設されました。リニューアルのポイントを教えてください。

 

和田:まず、お客様に様々なことを体験していただこうと、店舗面積を約4倍に増床しました。アンバサダーの接客だけでなく、新進気鋭のカフェでの体験、シーズンごとのインスタレーションやイベントに触れる体験が加わり、一部商品の物販コーナーも設置しました。ショールーミングスペースでは、例えば、老舗製薬会社が開発したコスメはデパコスのようなきらびやかな訴求ではなく老舗のバックストーリーを掘り下げた展示を実施するなど、通常の売り場とは異なる見せ方に挑戦しています。

 

接客、買い物、カフェ、インスタレーション、イベントが楽しめる複合型体験ストアへと生まれ変わった。まるでミュージアムのようなショールーミングスペースが印象的だ

接客、買い物、カフェ、インスタレーション、イベントが楽しめる複合型体験ストアへと生まれ変わった。まるでミュージアムのようなショールーミングスペースが印象的だ

 

 

お客様に楽しんでいただく接客こそが、百貨店の原点


 

――明日見世は、どのような価値を生み出しているのでしょうか。

 

和田:「明日見世」の生み出す最も重要な価値は、お客様に接客や展示を通じて「体験する楽しさ」を提供することです。私は2022年に大丸松坂屋に転職して以来、このプロジェクトに取り組んでいますが、その中で実感したポイントが2つあります。ひとつは、リアルな場所でお客様や商品に触れる大切さ。もうひとつは、お客様に楽しんでいただく接客こそ、大丸松坂屋の強みであり百貨店の原点であるということです。

 

外部にいた者の視点からすると百貨店には「過剰」と思うサービスや業務が多いのですが、アンバサダーとお客様間、アンバサダーとブランド間のコミュニケーションは決して削らないようにしています。

 

お客様との話を盛り上げるアンバサダーは、いわばエンターテイナーです。実は、4階から9階に移設してから、アンバサダーの接客も変化しました。4階では「なぜこの商品やブランドを作ったのか」という、いうなれば過去のストーリーをお客様に伝えることに注力していました。

 

和田プロジェクトマネージャー(右)は「リアルの場でお客様と繋がることは百貨店の強み、ネットでは伝わらない魅力を体感する」と説明する

和田プロジェクトマネージャー(右)は「リアルの場でお客様と繋がることは百貨店の強み、ネットでは伝わらない魅力を体感する」と説明する

 

しかし、「明日見世」の由来は「未来(明日)において、新しい価値観として注目されるようなモノ(コト)を紹介する見世棚」です。そこで、リニューアル後は過去について語るだけでなく、「この商品の背景を知った上で、次にどのような選択をするのか」「どうライフスタイルが変わるか」をお客様に実感していただけるような接客を意識しています。

 

たとえば、食器洗い用のサステナブルなスポンジの説明をアンバサダーからお伝えして、「購入をご検討くださいね」ではなく、サステナブルなスポンジを利用する未来の自分や環境について、ちょっと考えるきっかけにしていただくというようなイメージです。

 

出品されている商品には、どれもメーカーの「こだわり」が詰まっている

出品されている商品には、どれもメーカーの「こだわり」が詰まっている

 

――お客様に選択のきっかけを与える、ひいては「生き方」を変えるような接客ということですね。宗森社長は、大丸松坂屋での売り場経験を踏まえたうえで、「明日見世」の価値についてどうお考えでしょうか。

 

宗森:「明日見世」には「人を育てる」という価値もあります。「明日見世」では、他の売場につきものの売上目標だけに縛られることなく、「接客」に向き合うことができます。「接客」に集中できる環境だからこそ、お客様にもお取引先にも喜んでいただける。それを自分の仕事と感じ取ることは、特に若い社員にとっては働くための動機づけになると思います。

 

商品の価値やストーリーを把握し、理解するのはどのような部署であろうと百貨店の従業員として重要なことです。百貨店の究極の仕事であり、成長のための仕事だと私は考えていますね。

 

宗森社長は「商品の価値やストーリーをお客様に伝え、お客様のニーズをフィードバックすることは百貨店の基軸、究極領域、成長領域の仕事」と話す

宗森社長は「商品の価値やストーリーをお客様に伝え、お客様のニーズをフィードバックすることは百貨店の基軸、究極領域、成長領域の仕事」と話す

 

和田:「明日見世」へ出品するブランドは、ベンチャーやローカルなど良くも悪くも未成熟な企業が主です。普段お付き合いが少ない経営者やモノづくりの方々と忌憚なく意見を交わし、「こういう見せ方をしたら特性が伝わるんじゃないか」というようなアイデアをすぐ実行できるのは「明日見世」ならではのことです。「どういう体験価値がお客様に刺さるのか」、出品ブランドとともに探しだす毎日です。

 

ブランド側も企業としての信用を高めるために百貨店に出品するというだけではなく、私たちの意見を参考にして商品やサービスを改良するなど、非常に真摯かつ熱心に取り組んでいる姿勢が感じられます。そうした信頼関係の積み重ねもあってか、出店ブランドから「こういう会社をご存じですか」と次の出店ブランドを紹介いただくこともあります。

 

宗森:そう考えると、「明日見世」は、お取引先とのエンゲージメントが従来のビジネスからは想像できないくらい強くなる可能性を秘めています。お客様に対する力と、お取引先に対する力。この2つのポイントを備えているのが「明日見世」の凄いところです。

 

 

「明日見世」を「モノの本質」を見直すきっかけにしてほしい


 

――「明日見世」という存在が、百貨店のあり方にどう影響を与えていくと思われますか。

 

宗森:「モノの本質に迫る」ということが再評価されると思います。今の百貨店は、すでに知られているもの、売れているものを集めています。モノやブランドには歴史や美学があり、お客様はそれを求めていますが、百貨店ではお取引先任せです。百貨店側から、すでにブランディングを確立しているブランドに物申しても影響力はありません。

 

しかし、お取引先との協業は商売の原点です。「明日見世」を通じてモノつくり企業と協業して、それが成功すれば凄い力になるでしょう。次代のブランドと早い段階で絆を築く、そうすればブランドから見る「百貨店の価値」が上がります。その数をどこまで広げられるかが勝負です。

 

「『明日見世』はこれまでのビジネスでは想像できないほど、お取引先との関係性が強まる可能性を秘めている」と宗森社長

「『明日見世』はこれまでのビジネスでは想像できないほど、お取引先との関係性が強まる可能性を秘めている」と宗森社長

 

和田:「明日見世」では売れるかではなく、「伝える価値があるか」という軸でブランドを選んでいます。だからこそ、お客様に商品のバックストーリーを含め、本質的に良いモノを選んでいただけているのだと思います。結果、売上だけにフォーカスを当てていない「明日見世」の物販コーナーで、予想以上にご購入いただいている状況です。

 

和田マネージャーは、「モノの本質に焦点を当てた売場展開を実施できているからこそ、お客様から受け入れられているのでは」と分析する

和田マネージャーは、「モノの本質に焦点を当てた売場展開を実施できているからこそ、お客様から受け入れられているのでは」と分析する

 

――今後の展開について、どのようにお考えですか。

 

宗森:まずは、「大丸東京店でいかにお客様とお取引先を増やしていくか」を念頭に置いています。成功の指標は主に2つです。ひとつは、「『明日見世』に出品したい」というお取引先が今後増加すること。もうひとつは、アンバサダーの認知度が世間的に高まること。外商担当者を一つのステータスにしようと思っていますが、アンバサダーも同じように、もっともっと育てていきたいですね。

 

和田:アンバサダーにも、それぞれ「化粧品が好き」「アパレル商品が得意」といった強みがあります。それを共有しつつ、「接客の勝ち筋」をチームの中で発掘しています。今後は、そうした強みに加えて「自分らしさ」を出していってほしいと考えていますね。そうして、従来の百貨店では取り扱わないような「明日見世」らしいコンテンツを展開していきたいです。

 

私たちが作りたいのは、お客様にとっての「推し」。「推し」を見つけていただければ、リピート率の向上に繋がりますし、「明日見世」がもっと面白くなるのではないでしょうか。

 

「これから5年のうちに次の方向性が見えてくる」と展望する宗森社長(左)と、「トップレベルのアンバサダーには指名や外部への派遣依頼が来るほどの存在になれば」と力を込める和田プロジェクトマネージャー(右)

「これから5年のうちに次の方向性が見えてくる」と展望する宗森社長(左)と、「トップレベルのアンバサダーには指名や外部への派遣依頼が来るほどの存在になれば」と力を込める和田プロジェクトマネージャー(右)

PROFILE

  • 宗森耕二

    宗森耕二

    大丸松坂屋百貨店 代表取締役社長

     

    1998年大丸入社。食品関連のキャリアが長く、大丸東京店では取引先と共に話題・行列となるような新しい菓子開発に従事。松坂屋上野店長、大丸梅田店長、本社MDコンテンツ第1を経て、2024年49歳で大丸松坂屋百貨店社長に就任。

  • 和田房恵

    和田房恵

    大丸松坂屋百貨店 DX推進部 デジタル事業開発担当 明日見世プロジェクトマネジャー

     

    2022年入社。入社時は明日見世のプロモーション担当として、デジタルマーケ施策と共に、店頭誘致策などOMO施策を担当。2023年より明日見世プロジェクトマネジャーに就任し、明日見世事業化および24年9月リニューアルオープンに取り組む。従来の百貨店とは異なる、百貨店や店頭スタッフの魅力や可能性を追求する。