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2024.07.16

金継ぎの伝統を次世代に継承。大丸京都店が本気で取り組む新しいビジネスのかたち

金継ぎの伝統を次世代に継承。大丸京都店が本気で取り組む新しいビジネスのかたち
2024年3月、大丸京都店は金継ぎのサービスを提供する「金継ぎサロン」をオープンしました。金継ぎとは、割れた陶磁器や漆器を漆で接着し、その接合部に金粉などの金属粉で美しく装飾する日本の伝統的な技法です。モノを販売するだけではなく、その先の未来もお客さまと共に創造したいという思いから、新たな事業としてスタート。毎月実施している定期相談会は、好評を博しています。京都の人々に受け継がれてきた「大切なものは、たとえ壊れても捨てない」という価値観を反映した金継ぎは、アートとしての魅力もあり、ビジネスの可能性を秘めています。金継ぎサービスを起点に、京都の一員として社会課題に取り組む大丸京都店のメンバーに話を聞きました。

取材・執筆:西村まき 編集:末吉陽子 撮影:津久井珠美

 

金継ぎを支えるのは「京都の心」と「日本人の美意識」


 

――まず、金継ぎサロンオープンの理由についてお聞かせください。

 

大丸京都店美術担当 松島孝治(以下、松島):ひとつは「しまつのこころ」という大丸京都店の取り組みです。京都市は持続可能な都市として発展していくために、行政、事業者、市民が一丸となって、ごみの減量やリユースなどを推進しています。その中で大丸京都店では、古くなった物、壊れた物を創意工夫で再利用し、無理なく楽しいサスティナブルな暮らしを提案する「しまつのこころ」の活動を展開しています。

 

この活動を通して再確認できたのは、京都の方々の「物を大切にする心」でした。通常、愛着のある器が欠けたり割れたりすると、処分してしまうことが多いですよね。でも、京都の方々は大切に持ち続けているんです。その心に寄り添いたいと思うようになり、金継ぎに着目しました。

 

金継ぎサロンの開設にあたり、金継ぎ専門の工房「リウム」を見学させていただきました。単に「もとに戻す」修理ではなく、お客さまとの対話を通して最善のお直しを模索されている様子に感銘を受けました。リウムさんのご協力があれば、器に新しい価値をもたらす金継ぎを実現できる。直した箇所をあえて見せる日本人の美意識や金継ぎの素晴らしさを存分に表現できると考えました。

 

「金継ぎ」を施した器の画像

「金継ぎ」を施した器を輝かせる日本ならではの修復技術は、アートとしても注目されている

 

もうひとつの理由は、日本の大切な伝統技術を守ることです。残念なことに、金継ぎの職人さんは減少傾向にあり、それにともなってお客さまとコミュニケーションをとる機会が少なくなっているそうです。自分の感性でお直しを進めてしまうことも多いようで、その結果、お客さまの望む仕上がりからかけ離れてしまうことも。職人さんの高い技術と、お客さまの思いが重なってこそ、より大きな感動につながります。伝統が次世代へと引き継がれる上で、お客さまとの接点を多く持つことは重要だと思います。

 

松島さんと三上さんが語っている画像

松島さん(右)は「百貨店が職人さんとお客さまをつなぐ架け橋となることで、伝統文化を次世代へと継いでいけたら」と展望。三上洋平さん(左)「お持ちいただいた多くの器から‟物を大切にする心”を感じた」とサロンオープン当初を振り返る

 

 

――金継ぎサロンでは、具体的にどのようなサービスをされているのでしょうか?

 

販売促進スタッフ 三上洋平(以下、三上):破損した器をお持ちいただき、その場でお見積りをいたします。ご相談は職人さんと共に大丸社員が承ります。仕上げの見本をお見せしながら、金・銀・漆など、器やお客さまのイメージに合った素材をご提案し、対話の中でお直しのイメージを固めていきます。

 

お直しに来られた方は、器にまつわるいろいろなお話をされます。そういった時間がお客さまとの距離を縮め、大丸京都店とお客さまとの新しい関係性の構築にもつながっていると感じています。

 

実際に、何十年も前に割れた器をお持ちのお客さまがたくさんいらっしゃいました。京都には「最後まで使い切る」という文化が確かに根付いていることを感じましたね。

 

リビング担当スタッフ 中島利恵(以下、中島):お客さまはその器との出会いや、思い入れ、器にまつわる歴史などをお話され、職人さんと共に私たちはその思いを受け取り、共有します。対話をしながら創っていくところが、他の修繕にはない金継ぎの魅力。器を通して思いがつながるのを実感しています。

 

なかには、亡くなったパートナー様と共に愛用していた器が割れてしまったと、つらい思いを抱えたお客さまもいらっしゃいました。でも、金継ぎのご相談のときに、その思いを言葉にすることで気持ちが浄化されたような印象を受けました。

 

お客さまのお話をしっかり聞くというのも大丸従業員ならではです。安心感はもちろん、百貨店を通すことでお客さまがより話しやすくなる。そういった意味でも私たちが果たすべき役割は大きいと感じています。

 

松島:しっかりコミュニケーションを取ることで、より具体的なお直しの提案ができます。そのやりとりを見ていると、職人さんはまるで名医のようで、そばで見ていた私も感動しました。

 

 

修復を超えた金継ぎの価値と金継ぎが秘めた可能性


 

――オープン後の反響や、仕上がりをご覧になられたお客さまの反応はいかがですか?

 

営業2部販売促進担当 湯澤玲央(以下、湯澤):毎月3日間実施している相談会は、毎回ほぼ満席で、反響の大きさに驚いています。

 

お客さまからは「直接工房へ持ち込むにはハードルが高い」「普段から買い物に訪れている百貨店だから安心して頼める」といったお声を数多く頂きました。

 

中島さんが語っている画像

中島さん(中央)は「金継ぎが生み出す新しい価値は、確かにお客さまに届いていることを実感した」と手ごたえを語る。湯澤さん(右)は「寄せられたお客さまの声から、百貨店として金継ぎ事業に取り組む意義を再認識した」と話す

 

中島:仕上がりに対する感想としては「前より美しくなった」「想像以上」というお声が多いです。元の形に戻すことが目的であれば、目立たないように接着すれば良いわけですが、金継ぎを希望されるお客さまは、金継ぎで新しい器に生まれ変わらせることに価値を感じていらっしゃるのだと思います。

 

 

――金継ぎはアートとしての価値もあるそうですね。

 

湯澤:日本では修復技術としての評価が高いんですが、海外では一つのアート作品として評価されています。最近ではラグジュアリーブランドでも金継ぎ作品がリリースされているので、それも人気の要因かなと感じています。百貨店の売場ではアートを取り扱っていますので、今の傾向などを踏まえ、よりアーティスティックな視点でアドバイスできるのも強み。先ほどの中島さんの話にもあったように、百貨店が長年培ってきた信頼や接客技術、目利き力など百貨店の強みを生かして伝統文化を継承していくところに、私たちが取り組む意義があるんじゃないかと思います。

 

 

――金継ぎを通して、大丸京都店が提供したい価値とは何でしょう?

 

大丸京都店 営業2部長 村山哲平(以下、村山):大丸京都店は、2030年にあるべき姿「洛xury~モノ・コト・トキ~」を掲げました。今年度からスタートした中期経営計画では、エリア競争力獲得にむけた強み創出の3年として、「競合に負けないゾーン構築」「競合と違うコンテンツ開発」に取り組んでおります。大丸金継ぎサロンはまさにそのひとつであり、JFRグループで掲げる「感動共創」「地域共栄」「環境共生」の3つの価値提供においても多くの可能性があるコンテンツだと考えております。

 

これまでの話と重複しますが、京都の方々の「物を大切にする心」に寄り添い、一人ひとりの思い入れのある器に新しい価値をもたらしたいと、金継ぎサロンをスタートさせましたが、同時にトライアルした金継ぎアートの物販は当初想定以上に訪日外国人顧客に好評をいただきました。

 

京都店の直近の免税売り上げはコロナ前と比較して5倍に伸びています。ただ、売上のほとんどがラグジュアリーブランドです。海外の方にはここに来たからこそ出合えた物、ここにしかない思い出をお持ち帰りいただきたい。そのためのコンテンツとしても手ごたえを感じました。

 

これらの取り組みをオフラインメディアとしての百貨店が続けていくことで、さらに金継ぎの認知が広がりますし、サービスを受けていただくことそのものが業界の活性化、職人さんの育成へとつながります。

 

抱負を語る村山さんの画像

村山哲平さん(右)は「大切なのは“共に”という思い。金継ぎサロンを通して「三つの価値」創造を着実に実現していきたい」と抱負を語る

 

 

金継ぎから始めるグッドサイクルが未来を創る


 

――金継ぎの取り組みはサービスとしてだけでなく、さまざまな相乗効果が期待できそうですね。

 

村山:金継ぎはサスティナブルな取り組みでもあります。陶器は土でできているとはいえ、高温で焼かれることで石に近い素材となり土には還りません。埋め立てるしかなく、破棄にも費用がかかるうえ、環境にも良くない。

 

私たちが金継ぎで割れた器を活用して新たなアートを創り出すことで、環境問題解決の一助にもなるのではと意気込んでいます。また、販売した収益の一部を、その陶器作家さんにも還元できれば、作家さんにとってもプラスになります。

 

リビング・婦人洋品担当マネジャー 水嶋亜矢子(以下、水嶋):社会課題をどうクリアしてくかは、私たちの業界だけでなく、世界全体の問題。その中で、小売業として販売するだけでは私たちの責任は果たせません。販売した「物」をどう未来につなぐか、アップサイクルしていくかという観点でも、金継ぎには大きな可能性があると思っています。

 

また、全国には新しい職人さんや、これから作品を広げていこうという方々がたくさんいらっしゃいます。大丸京都店が、そういった方々の窓口になれたらとも考えています。

 

 

――今後、金継ぎサービスをどのように展開していきたいとお考えですか?

 

水嶋:現在、日程を限定して開催している相談会を、常時開催したいと考えています。そのためには、大丸京都店の社員だけでご相談を承れる体制をつくることが必要です。金継ぎの知識や経験、高い提案力を身につけることは容易ではありませんが、職人の方々から学び、徐々に体制を整えていければと考えています。また、ご自身で金継ぎをされたいというお客さまも多くいらっしゃるので、金継ぎ教室なども準備しています。

 

村山:やはり実現したいのは、先ほどお話した陶器作家さんを巻き込んだ仕組みづくりです。作家さんから破損した器を譲渡していただく→金継ぎを施す→アートとして販売する→販売実績に応じて作家さんへリターンする、そういった新しいビジネスモデルができれば、お客さまと共にそれぞれの業界がより良い方向へと変わっていけると信じています。

 

大丸京都店のメンバーの画像

金継ぎサロンから生まれた新たなつながりとアイデアを生かし、持続可能なより良い未来創りに取り組む大丸京都店のメンバー

 

 

 

PROFILE


 

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村山哲平

大丸京都店 営業2部長

営業部マネジメントや店舗戦略、本社では経営企画や新規事業開発を担当後、2024年より、京都店基本方針「洛xury~モノ・コト・トキ~」の具現化にむけたコンテンツ開発、改装計画を推進。


 

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三上洋平

大丸京都店 営業2部 販売促進スタッフ

大丸心斎橋店、大丸札幌店、本社自主事業統括部、大丸東京店にて自主売場の婦人雑貨、紳士雑貨を担当し、マーチャンダイジングを担当。2019年から大丸京都店のローカルコンテンツの展開を推進し、その流れから今回の金継ぎサロンの立ち上げに携わる。


 

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松島孝治

営業本部 MDコンテンツ開発1部バイヤー 大丸京都店美術担当

特選洋品、外商を経て2007年から美術担当。名古屋店では主に工芸品バイヤーとして全国の作家の個展などを企画。2022年から大丸京都店にて、現代アートから伝統工芸まで幅広い企画を行う。


 

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中島利恵

大丸京都店 営業2部 リビング担当スタッフ

紳士服、紳士雑貨、人事、サービス教育、スーパーバイザー、リビング担当マネジャーなど今までの培った経験を経て、2024年よりバイヤーと一緒に新規コンテンツ開発や京都ローカルコンテンツの運営をサポート。


 

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水嶋亜矢子

大丸京都店 営業2部 リビング・婦人洋品担当マネジャー

紳士服から文具・子供服、テナントの誘致など幅広い業務を担当後、2024年3月よりローカルコンテンツの開発に携わる。お客さまに喜ばれる新しいコンテンツを日々模索中。


 

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湯澤玲央

大丸京都店 営業2部販売促進担当

株式会社大丸松坂屋百貨店 入社2年目。入社時から現職を担当し、販売計画の作成や新規コンテンツ開発業務などを担う。営業2部のミッションである「人を通じて“ゆとりある”“上質な”くらしのコンテンツを提供する」を体現するために、日々奮闘中。