1. TOP
  2. FRONT LINE 一覧
  3. 地域企業の未来を守る。事業承継を支援するファンド「Pride Fund」設立の背景と展望

2024.06.13

地域企業の未来を守る。事業承継を支援するファンド「Pride Fund」設立の背景と展望

地域企業の未来を守る。事業承継を支援するファンド「Pride Fund」設立の背景と展望
少子化や過疎化などの影響により、地域特有の優れた製品を生産しながらも、後継者不足などの理由で廃業を余儀なくされている中小企業は少なくありません。この現状を解決し、地域経済の持続的な発展を支援するために、JFRは日本政策投資銀行とイグニション・ポイント ベンチャーパートナーズとの連携で、事業承継を支援するファンド「Pride Fund」を2024年3月に設立しました。なぜ、JFRが「Pride Fund」を設立するに至ったのか。その背景や支援内容、今後の展望を深堀りするため、キーパーソン4名による座談会を実施しました。

取材・執筆:末吉陽子 撮影:藤原葉子

 

資金とノウハウで後継者不足の地域企業の未来をひらく


 

――最初に、事業承継ファンド「Pride Fund」を設立した背景について教えてください。

 

丸岩 昌正(J.フロントリテイリング 経営戦略部 事業企画部 事業創造担当 部長):食品や工芸品など、地域特有の優れたコンテンツを生産する企業のうち、後継者不足によって廃業を余儀なくされるケースが増えています。これらの企業は、地域の文化や伝統を形作る重要な存在であることから、廃業は地域のアイデンティティや経済に大きな打撃を与えます。このような状況を変えるため、価値ある地域の事業を支援し継続させる目的で「Pride Fund」を設立しました。「Pride Fund」というネーミングには、地域の誇りを守り、育成し、成長させることへの思いを込めています。

 

手でジェスチャーを入れながら話す丸岩さんの写真

地域の事業を支援し、継続させたいと語る丸岩さん

 

――JFRが事業承継ファンドに取り組む理由は何でしょうか?

 

丸岩:ひとつは、グループビジョンを具現化するためです。JFRのビジョンは“くらしの「あたらしい幸せ」を発明する。”というものですが、その姿をもう一段ブレークダウンして、2024-26年度中期経営計画では3つの「共創価値(=「感動共創」「地域共栄」「環境共生」)」を提供し続けるグループへと進化を掲げています。地域社会に貢献する「地域共栄」は、大丸・松坂屋・パルコの店舗を全国展開するJFRこそ取り組むべき課題であり、事業承継の支援を通して、地域社会の持続的な発展に貢献する新規事業を生み出していきたいと考えています。

 

もうひとつは、JFRの将来へのタネまきです。現在のJFRは、大丸や松坂屋はお取引先様から商品を仕入れて販売しパルコはテナント様を紹介する、いわば「仲介業」です。他にはないコンテンツを自社で保有し、大丸・松坂屋やパルコの店舗やWebサイトで販売するだけでなく、将来的には他社の店舗でも販売するような、新たなビジネスモデルを創出したいと考えています。

出資案件を重ねることで、地域の活性化に加え、2030年には「モノづくりセグメント」としてJFRの一翼を担うことになればと思い描いています。

 

――「Pride Fund」は小売業が手掛ける初めての事業承継ファンドです。どのような点がユニークなのでしょうか?

 

丸岩:一点目は、投資した地域企業の価値を高めることだけを愚直に追及する点です。資金を集め中小企業に投資する事業承継ファンドはたくさんあります。ただし、通常のファンドは、投資家へのリターンに向けて、最終的に出資先企業を売却する必要があるため、確実に企業価値を高めるために経費削減など効率化などから取り組むことが一般的です。「Pride Fund」は、JFRの小売業としての強み、つまり、大丸・松坂屋・パルコの店舗、お客様、お取引先様などのネットワークなどを持っていますので、これらを活かして売り上げを伸ばす=成長を支援することができます。

 

二点目は、会社の将来像が描きやすいことです。中小企業のオーナーがファンドから出資を受ける場合、「ファンドによる株式の売却で、将来の株主がどうなるかわからない」と躊躇される心情があります。「Pride Fund」企業の株式は2、3年後にはJFRが買い取ります。グループの仲間になっていただくことをゴールとしているため、期間に関係なくJFRグループとして支援を続けるという点で、ユニークなファンドと言えるかもしれません。

 

 

 

――「Pride Fund」はJFRだけではなく、出資と融資を一体的に行う金融サービスを提供する日本政策投資銀行と、CVCをはじめとしたファンド運営を行うイグニション・ポイントベンチャーパートナーズ(IGPVP)の3社で設立されています。パートナーが必要だったのはなぜでしょうか。

 

丸岩:JFRグループの一員になっていただくために、株式取得の次のステップとして、経営戦略や組織・人事などの「経営戦略」、販売チャネルやマーケティングなどを踏まえた「事業成長」、商品開発やブランド開発などの「新規開発」のサポートの提供が必要だと考えていました。

 

これらのサポートは、JFR単独ではノウハウ不足などの理由から実現困難でした。そこで、日本政策投資銀行のファイナンスノウハウ、イグニション・ポイントグループのファンド運営、およびクリエイティブやコンサルティングのノウハウを求めて、パートナーになってほしいとお声がけしました。

 

 

 

――「Pride Fund」のパートナーに参画された理由をお聞かせください。

 

圖子田 健氏(イグニション・ポイントベンチャーパートナーズ(IGPVP)):われわれは「次世代に価値ある社会基盤を残す」ことを目的に、公共性・社会性の強い領域、フード・アグリを含む5つの領域に焦点を当て、2021年9月の創業来CVCにおける2人組合を中心とした4本のファンド運用(本ファンドを除く)に取り組んでいます。これまで、主にスタートアップへの投資を通じて新産業の育成に邁進してきましたが、活動を通して「スタートアップと伝統産業の垣根を超えた投資活動が必要なのではないか」という問題意識が芽生え、その実現に向けて経営メンバーで度々議論してきました。その中で、JFRにお声がけいただき、事業承継ファンドという新たなチャレンジに乗り出すことを決めました。

 

話す圖子田さんの写真

日本経済が抱える社会課題解決にむけた活動を推進する圖子田さん

 

日本経済を支えているのは中小企業であり、国内雇用の約70%を担っていることから、事業承継はまさに日本経済が抱える社会課題に直結していると言えます。もちろんファンドの収益性は重要ですが、IGPVPは公共性・社会性にも重点を置いた活動を行っているため、JFRのビジョンに共鳴し、「Pride Fund」のパートナーをお引き受けすることにしました。

 

奥村 朋久氏(日本政策投資銀行(DBJ)):「Pride Fund」の理念は、日本政策投資銀行(DBJ)の重要なテーマのひとつである、地域の自立と活性化にも通じているため、強く共感しました。われわれは、これまで災害復興、成長支援、観光活性化など、様々なテーマでファンドを確保・組成してきました。こうした経験を活かし、「Pride Fund」を通して資金供給以上の支援を行いたいと考え、参画を決断しました。

 

話す奥村さんの写真

さまざまな経験を活かし「Pride Fund」を通し、資金供給以上の支援を考える奥村さん

 

お金を供給するだけでは、事業は成り立ちません。企業を継続させ、発展的に支援するには、JFR様の販路やトップラインの支援、IGPVP様のブランドや販売戦略、経営管理の支援が必要です。企業が抱える課題や成長に必要なリソースを提供することが重要です。金融だけでは成し遂げられないため、共同で取り組むことが重要だと考えています。

 

 

地域経済の活性化に留まらない、「Pride Fund」の見据える未来


 

――「Pride Fund」は2024年3月に設立されたばかりで、出資や経営支援などはこれからだと伺っています。今後、どのような活動を予定されているのでしょうか。

 

丸岩:正直まだ始まったばかりですが、地域に目を向ける、長年地域の人に愛されてきたコンテンツを残し将来に伝える、働く場を残すということに共感するという声をたくさんいただいています。

 

今後、日本の人口は減少し、地方は人口流出も含めて活気が失われていく厳しい状況が予測されます。「Pride Fund」が直接的に支援することができる企業は限られますが、日本の多くの企業と消費者が、地方や自分たちの地域の「誇り」とするものに目を向け、守り育てるムーブメントを興すきっかけになればと願っています。

 

それから、メンバーと語り合っている段階ですが、1号ファンドを成功させ、2号、3号と拡大させたいと思っています。

 

――今後、どのような活動を予定されているのでしょうか。

 

丸岩:「Pride Fund」の活動は大きく4つのステップに分類できます。1つ目のステップは「投資対象企業の発掘」です。JFRのお取引先様を中心に、銀行、証券会社、M&A仲介業者とも連携しながら、情報を集めています。2つ目のステップは「投資判断」です。IGPVPとDBJがそれぞれの専門知識を生かし、財務・非財務の観点から投資を検討します。3つ目のステップは「企業価値の向上」です。JFRは大丸松坂屋百貨店やパルコの販路提供を担い、IGPVPはコンサルティング機能を提供し、日本政策投資銀行は経営管理のサポートを行います。4つ目のステップは「株式の売却」です。最終的にはJFRがすべての株式を譲り受ける形で、ファンドとしての投資を完了させます。

 

大和 隼治(J.フロントリテイリング 経営戦略統括部 事業企画部):現在は第1ステップに注力をしていて、JFRはIGPVPとDBJとともに、「Pride Fund」の理念に共感していただける地域企業を探索しています。これらの企業が持つ本当の思いやポリシーをどうやってメッセージ性に変え、ブランド化するかが重要です。そのために、電通やイグニッションポイントの力を借り、我々の不足している部分を補完しながら地域企業を支援することが今回の重要なポイントです。

 

話しをする大和さんの写真

地域の誇るコンテンツを成長させ、「地域共栄」につなげたいと語る大和さん

 

投資判断のステップ以降は、地域企業が持つ本当の思いやポリシーをどのようなメッセージに変え、ブランド化するかが鍵となります。そのためにも、電通やIGPVPの力を借り、JFRに不足している知見を補完しながら、地域企業を支援することが重要なポイントです。

 

地域の企業は自分たちの強みを自覚していないことが多く、良いものを持っていてもその価値に気づいていない場合があります。どうすれば良いかわからず、進展が止まっているケースも見受けられます。そういった企業に手を差し伸べることが、我々の使命です。

 

事業承継の支援はあくまで入口に過ぎません。JFRとしては、これをコンテンツ保有の機会とし、その後のビジネス展開に繋げることで、地域の誇るコンテンツをさらに成長させ、「地域共栄」を確かなものにしていきたいと考えています。

 

 

3社のシナジーを最大化する「Pride Fund」のアプローチ


 

――今後、3社の強みやリソースをどのように組み合わせて、どのような効果を発揮しようとしているのか詳しく伺えますか?

 

丸岩:JFRは地域企業に対して、主に販路拡大の支援や商品開発のノウハウを提供します。分かりやすい例としては、大丸松坂屋百貨店やパルコの店舗で商品を販売することや、自社のECサイトで商品を販売することなどです。まずは、地域の店舗でポップアップイベントを始めるなど、段階的に支援を行う予定です。

 

商品開発に関しては、百貨店のチームが積極的に関与し、投資先企業の持つ技術やリソースを活かして新しいコンテンツを生み出すことを目指しています。知恵を出し合いながら、購買意欲を刺激するコンテンツづくりを実現させたいです。

 

大和:小規模な地域企業が単独で新しい販路を開拓し、新しい顧客との接点を持つことは非常に難しい状況です。人手が不足している場合や適切な方法が分からないため、販路が限定的になっているケースも散見されます。店舗出店はもちろんですが、JFRのネットワークを活かして、われわれのお取引先様を紹介するだけでも大きな価値があると考えています。

 

ネットワーキングにあたっては、大丸松坂屋百貨店やパルコの現場スタッフと協力し、どのお取引先様を紹介すれば良いかなどヒアリングすることも検討しています。現場スタッフを含めて多方面からのアイデアとサポートを組み合わせられるところは、JFRの強みです。

 

圖子田:IGPVPは、IGPグループのケイパビリティを活用し、投資対象先が属する市場のトレンドや競合の動向などをリサーチすることに加え、地域の特色やサプライチェーンに属する地元企業の強みを活かした投資仮説を構築します。また、投資実行後のJFRの商品開発にも関わりながら、サービスや商品の価値を再発見から顕在化の一連のプロセスにも携わります。

 

「Pride Fund」の特色の一つにもなりますが、IGPグループは電通グループの一員でもあるため、電通のクリエイティブディレクターやデザイナーの協力を得ることができます。それにより、商品に新たな意味合いを吹き込むようなクリエイティブの提供を実現させることが可能になります。こうした付加価値は、小売りのノウハウを持つJFRとのシナジーを発揮できる部分だと考えています。

 

圖子田さん、丸岩さん、大和さん、奥村さんの4人が座って話している様子の写真

左から、IGPVP圖子田さん、JFR丸岩さん、JFR大和さん、DBJ奥村さん

 

奥村:日本政策投資銀行は、事業拡大のための設備投資や、その他の必要な支出が伴う際にファイナンスを支援する役割などを担いたいと考えています。将来的には「Pride Fund」のスキームで得た経験をもとに、支援の範囲を広げることができれば、それに越したことはありません。

 

金融業としての投資リターンを確保することも大切ですが、地域創生や事業承継のサポートにも重きを置きながら、地域企業が直面する事業承継課題に適切に対応し、一社でも多くの価値ある企業を次世代につないでいきたいです。

 

 

地方・地域に目を向け、「誇り」を守り育てるムーブメントを興したい


 

――スタートしたばかりですが、反響はいかがでしょうか

 

丸岩:正直まだ始まったばかりですが、地域に目を向ける、長年地域の人に愛されてきたコンテンツを残し将来に伝える、働く場を残すということに共感するという声をたくさんいただいています。

これは、私だけでなくメンバーと語り合っていることですが、30億円規模の1号ファンドを成功させ、2号、3号と拡大させたいと思っています。日本の人口は減少し、地方は人口流出も含めて活気が失われていく厳しい状況が予測されます。我々3社が直接的に支援することができる企業は限られますが、日本の多くの企業、多くの消費者が、地方や自分たちの地域の「誇り」とするものに目を向け、守り育てるムーブメントを興すきっかけになればと願っています。

 

PROFILE

  • 圖子田 健

    イグニッション・ポイントベンチャーパートナーズ株式会社 

    取締役 Investment Division /Fund Management Divison管掌

     

    三和銀行(現:三菱UFJ銀行)、SBIホールディングス等を経て現職。SBI グループでは、M&Aを含む投資、新規事業開発及び管理部門全般業務等に従事。直近ではSBIインベストメントにおいて、ジェネラルファンドにおける投資業務に従事。IPO実績及び投資先への取締役派遣も複数社に及び、会計や投資関連業務に関する深い知見と経験を有する。イグニション・ポイント ベンチャーパートナーズでは、ファンド運用業務全般の責任者。

  • 奥村 朋久

    日本政策投資銀行(DBJ) 企業金融第3部 次長 兼 課長

     

    日本政策投資銀行入行後、企業金融第2部配属、その後、東海支店、企業戦略部を経て2022年より企業金融第3部にて、国内外の小売食品など流通関連事業者向けファイナンス、同分野の産業調査などを担当。

  • 丸岩 昌正

    J.フロント リテイリング株式会社 事業企画部 事業創造担当部長

     

    三菱UFJ銀行でM&Aを中⼼に幅広い投資銀⾏業務を経験し、2021年にJ.フロントリテイリングに転職。M&Aや新規事業開発に携わり、JFRグループの事業ポートフォリオ変⾰に向けた取り組みを推進する。

  • 大和 隼治

    J.フロント リテイリング株式会社 事業企画部 事業創造担当

     

    入社後、大丸東京店配属、JFR経営企画部、人財開発部を経て、幼児教育事業の経営に参画。2022年よりJFR事業企画部にて、CVCファンドで投資および事業共創に従事。アート・モビリティ領域で投資実績を有する。