2024.01.31
空間設計のプロと語る、神戸旧居留地の魅力とポテンシャル
取材・執筆:西村陽子 編集:末吉陽子 撮影:宇津木健司
旧居留地は日本文化と海外の文化が混ざりあった独特な街
――最初に、昨年旧居留地にてギャラリー兼デザインスタジオ「VAGUE KOBE」をオープンした柳原さんに、街の魅力を伺いたいと思います。
空間デザイナー柳原照弘(以下、柳原):旧居留地は神戸港が近く、海外との交流の地として栄えた場所です。国内外から色々な人がこの街を訪れ、人と人との繋がりが広がるオープンなイメージがあります。神戸市は、小さな建物が密集する街と開放的な海側の街で雰囲気が違うのですが、旧居留地はその両方に囲まれているのも面白いですね。私は、ジェイ・ヒル・モーガンが設計したチャータードビルという歴史ある建築物にスタジオを開設しましたが、数々の歴史的な建物が残っているのも、街の大きな魅力だと思います。
空間デザインをはじめ、プロダクトデザイン、クリエイティブディレクション、アートディレクションなど国を超えた包括的な提案を行う柳原さん。2023年夏、フランスのアルルにある「VAGUE ARLES」に続く2拠点目のスタジオとして、「VAGUE KOBE」をオープン
――中村さんは大丸神戸店の空き区画にパブリックスペースを作るプロジェクトを担当されました。旧居留地にはどのような印象を持たれましたか?
SKWAT中村圭佑(以下、中村):港町として独自の文化が花開いた街ということで、当初は横浜に近い印象を持っていました。旧居留地で空間づくりに携わることになり、旧居留地の歴史を調べてみたところ、また違う印象を持ちました。旧居留地は神戸港開港時に海外の人たちが仕事や生活をしていた地区であり、建築物も西洋建築の建物に日本の瓦が使われるなど、日本文化と西洋文化が混ざりあった面白い場所ですよね。
設計事務所DAIKEI MILLS代表として、数々の空間デザインを手掛ける中村さん。2020年からは空きスペースを「占拠」し、新たな空間へと生まれ変わらせる活動「SKWAT」をスタート
――大丸松坂屋百貨店から見た、旧居留地の魅力を教えてください。
大丸神戸店営業推進部マネジャー 石川景子(以下、石川):旧居留地はお客様がゆったりとお買い物を楽しめる路面店舗が多いため、「大人がゆっくりと時間を過ごせる街」というイメージができているのではないでしょうか。歩いて20分ほどで回れる規模の街に、ショップやレストラン、歴史ある西洋建築などいろいろな要素がコンパクトに詰まっているのも魅力です。
大丸神戸店が旧居留地で行うまちづくりに憧れて入社した石川さん。神戸店配属となりPR広報やプロモーションを経て、営業企画を担当。今後は、大丸神戸店や旧居留地の更なる魅力化と神戸以外の広域からの認知向上にむけて社内外連携していきたいと語る。
――旧居留地開発はどのような特徴があるのでしょうか。
大丸松坂屋百貨店営業本部店づくり推進部長 石原拓磨(以下、石原):大丸神戸店は現存する歴史的な建物や街並みを生かし、周辺物件のオーナーと協力しながら、まち全体の雰囲気を作り上げてきました。百貨店が核となってまちづくりを行っている例は全国でも稀だと思います。
大学院では都市計画やまちづくりを専攻、店舗による街の活性化に興味を持ち大丸松坂屋百貨店に入社した石原さん。旧居留地のポテンシャルに注目し、本社店づくり推進部の立場から、大丸神戸店及び旧居留地の価値を高めていきたいと話す。
大丸神戸店とSKWATのコラボで遊休空間をプロデュース
――大丸神戸店は、新たな取り組みとして、街の遊休地の活用をするプロジェクト「SKWAT」とのコラボレーションでパブリックスペースを開設したそうですね。経緯を教えていただけますか?
石川:店舗が空くと次の店舗が入るまでの工事や調整の関係上、一定の空き期間ができてしまいます。そこで、一時的な空き区画をデザインする取り組みを数々行っている「SKWAT」に協力をお願いしました。「SKWAT」は遊休地や空き店舗の空間デザインにより、人の集まりを作って新たなエネルギーを生み出すプロジェクトを得意としています。原宿や青山など東京での多彩なプロジェクトに感銘を受けて、ぜひコラボレーションしたいと思ったのです。
――パブリックスペースの空間設計について、コンセプトやこだわった点をお聞かせください。
中村:まずは旧居留地の歴史を紐解き、コンセプトを考えるところからスタートしました。当時作られていた西洋建築に日本の瓦を使った建築物からインスピレーションを得て、歴史のある淡路瓦と近代的なLGS(軽量鉄骨)を組み合わせたインスタレーションを企画。LGSは新しい店舗を作るときに、壁の下地材として使う素材なので、このスペースで使った資材をそのまま新店舗に活用することができます。この場所は、歴史を感じるパブリックスペースでありつつ、次の店舗のための資材置き場でもある。遊休地であった場所に人が集まって新たな繋がりが生まれたり、ここにある資材がそのまま次の店舗の内装に使われたりすることで、ただの空き区画に新しい価値を与えられていると思います。
パブリックスペースの設計に際し昔の図面も調査したところ、この場所には建造物があったことが判明。その建物の屋根の位置と重なるように瓦屋根を再現
――大丸松坂屋百貨店として、パブリックスペースの意義をどう捉えていらっしゃいますか?
石川:旧居留地には休憩できる場所が少なかったので、パブリックスペースを作ったことで街を訪れる方にゆっくり滞在していただけるのではないかと思います。休憩場所であると同時に、街の歴史に触れ、関心を持ってもらえるきっかけにもなっています。
パブリックスペースのテーマは「新居留地」。コロナ禍を経て、変化が問われる今だからこそ、「旧居留地」を中心に再び街が開かれる「新居留地」としての在り方を考えている
神戸旧居留地にデザインスタジオを構えアートを発信する「VAGUE KOBE」
――柳原さんは、なぜ旧居留地を選ばれたのでしょうか。
柳原:スタジオの場所を探していたとき、旧居留地にあるチャータードビルに偶然空き物件を見つけました。内覧をしてみて、空間の広さや雰囲気が気に入ってここに決めました。私がスタジオの場所を神戸旧居留地に選んだのは、いくつか理由があります。一つは、旧居留地が海外に向けて開かれてきた港町であるということが、「VAGUE」のコンセプトに合うと思ったからです。もう一つは、海外から日本を訪れる方に、立ち寄ってもらいやすい場所であるからです。アートに関心のある海外の方々が日本を訪れるとき、アートフェアが開催される京都から現代アートの聖地として知られる香川県の直島へ向かう方が多いのです。神戸旧居留地はちょうどその動線上にあるので、沢山の方に訪れていただけるのではないかと考えたのです。
――「VAGUE」はどのような特徴を持つスタジオなのでしょうか?
柳原:「VAGUE」の展示は、よくある順路が決まっていて作品がずらっと並んでいるような展示ではありません。来られた方が空間を好きなように回遊しながら作品を楽しめるようになっています。いろいろな方向から作品を見たり、壁の向う側にある見切れた作品を目にしたりという風に、自由に作品と向き合えます。あえて広い空間を贅沢に使ったり、温かみを出すように壁を土壁にしたりと、空間自体のデザインにもこだわっているので、長い時間ゆったりと過ごしてもらえると思います。「VAGUE」は100%完成した状態ではなく、常に変化し、創り続けている感覚です。来るたびに展示が変わっていたり、新しい発見があったりするので、何度も足を運んでくださる方も多いです。
中村:私も建築物には、あえて未完成な部分を残したほうが良いと思っています。パブリックスペースも「ここで休憩してもらう」といった使い方の完成形を示したわけではなくて、もっと自由に使って欲しいし、色んな人に向かって開かれた空間でありたい。パブリックスペースでは、柳原さんとのトークイベントも実施しましたが、私がお客さんにどんどん質問して、いろいろな対話を行いました。お客さんからすると、まさか自分がトークイベントで発言しなくてはならないとは思っていなかったはずですが、そういうハプニングが起こる場所は、実はとても豊かな場所だと考えています。
トークイベントはゆったりとした雰囲気で行われた
神戸旧居留地の魅力を創造し、街の人たちと共有することで発展していきたい
――柳原さんは「VAGUE」を通じて旧居留地で挑戦してみたいことはありますか?
柳原:「VAGUE」をきっかけに、私たちの理念や取り組みに共感してもらえる人が増えて、「今度何か一緒にやろう」という風に人と人との繋がりをつくっていきたいです。そもそも、私がスタジオを作ったのは、コロナ禍を経て、リアルに人が集まれる場所がとても重要だと思ったからです。人と人との繋がりは、最初は小さなものですが、それがどんどん広がっていって、街を形作っていくのだと思います。例えば、世界中からいろいろなアーティストを呼んで、滞在しながら制作をしてもらい、それを発表するというようなイベントなどができたら面白いですね。私は食にも興味があるのですが、フードの企画をするのも面白いと思います。それらのイベントと繋がりがある食のイベントも開催していきたいと思っています。
――旧居留地の街の魅力を高めていくということについて中村さんはどうお考えですか?
中村:まちづくりという意味では、何かを作って終わりというよりは、それが次に繋がっていくということが重要だと思います。百貨店が街の一等地であるこの場所に、パブリックスペースをプロデュースするというのは、本当に珍しいことです。私はそこに大丸神戸店の「街を変えていきたい」という強い思いを感じました。百貨店が商業的なイベントではなく、このようなクリエイティブな場作りに投資していくというのは、なかなかできないことで、素晴らしい取り組みなので、今後も続けていってほしいですね。
――大丸松坂屋百貨店としては、旧居留地をどう発展させていきたいですか?
石川:今の強みである「ラグジュアリー」に加えて「ローカル」を大切にしたいと考えています。「神戸らしさ」「旧居留地らしさ」を追求し、旧居留地を外出や旅の目的地となる場所にしていきたいのです。お買い物を楽しめるショップだけでなく、ゆったりと滞在して時間を消費できるコンテンツも増やしたいですね。自社だけで完結させるのではなく、旧居留地としての連係の1つとして、旧居留地にスタジオがある「VAGUE」さんとアートの取り組みなども進めていきたいと思っています。
石原:そこで暮らす人や働く人、買い物で訪れる人など、さまざまな人の暮らしが関わるまちの移り変わりは社会や経済のトレンドに大きく影響を受けますし、一つの方向性で「成熟」していくこと自体、とても難しいことですよね。旧居留地の価値をさらに高めていくためには、大丸松坂屋百貨店だけではなく、周辺物件のオーナーや行政など、多様なステークホルダーと大きなビジョンを共有しなければいけません。その第一歩として、私たちが目指していることをはっきりと言語化していくことはもちろんのこと、今回の取り組みのように気づきや発見をもたらしてくれるクリエイティブな実践を続けて、地域で新たな繋がりをつくっていきたいです。
PROFILE
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柳原 照弘
TERUHIRO YANAGIHARA STUDIO主宰
神戸と仏アルルにスタジオ兼ギャラリー「VAGUE」を構え、フランス、日本、オランダ、デンマーク、台湾を拠点に国やジャンルの境界を越えたプロジェクトを手がける。ブランドのクリエイティブディレクション、アートディレクション、プロダクトデザイン、インテリアデザインなど包括的な提案を行う。 -
中村 圭佑
設計事務所「DAIKEI MILLES」「SKWAT」代表
多摩美術大学 環境デザイン学科 非常勤講師
CIBONE、ISSEY MIYAKE、NOT A HOTEL、LEMAIREなど商業空間や公共施設などのプロジェクトを通じ、人と空間の在り方について一貫し考え続けている。2020年から都市の遊休施設を時限的に占拠し一般へ開放する運動「SKWAT」を始めた。 -
石原 拓磨
大丸松坂屋百貨店 営業本部店づくり推進部長兼マーケティング戦略推進担当
2012年、株式会社大丸松坂屋百貨店に入社。GINZA SIXの立ち上げ、大丸心斎橋店のリニューアルプロジェクトに参画し、コンセプトワークやリーシングを担当。
2022年より店づくり推進部長に就任(現職)。百貨店各店の改装計画、周辺店舗の開発、グループ会社と進める大型プロジェクトの戦略立案などを担当。 -
石川 景子
大丸神戸店 営業推進部 マネジャー
大丸入社後、大丸神戸店に勤務。婦人雑貨子供服部での店頭接客や、営業推進部でのPR広報担当、販売促進担当などを経て、2017年から店舗戦略を担当する。
2023年9月から営業企画マネジャーとして、戦略・店づくり・周辺店舗開発・オペレーション・業績管理など担当範囲のマネジメントと街づくりに取り組む。