2023.12.13
アートを日常に浸透させたい。大丸松坂屋百貨店が手掛けるメディアとプロジェクト
取材・執筆:西村陽子 編集:末吉陽子 撮影:津久井珠美
百貨店が提案する アートのある暮らしの豊かさ
――アートメディア「ARToVILLA」ではアート関連のコンテンツを多数発信していますが、どのような特徴があるでしょうか?
経営戦略本部 DX推進部マネジャー 村田俊介(以下、村田):イベントなどの情報発信にとどまらず、アーティストのルーツや作品の背景についてさまざまな切り口でコンテンツを発信しています。「ARToVILLA」のコンテンツと実際の展示会をリンクさせて、多くの方が作品やアーティストの魅力をより深く知ることができるような工夫をしているところが特徴です。
「建築や音楽、食、アイドルなど、さまざまな文脈の中でアートを楽しむ視点を提案していきたい」と熱く語る村田さん
――「ARToVILLA」を立ち上げられたきっかけは何だったのでしょうか?
村田:アートと日常的に交わる世界観を実現したいと考えたからです。日本でアートを鑑賞する方は増えてきていると実感しています。ただ、生活に取り入れているかというと、そこまでは浸透していません。そこで、アートのある生活の素晴らしさを提案していきたいと考えました。
アートの敷居を下げたい一方で、アートを「お買い物」で終わらせたくはありませんでした。というのも、所有を目的にするのではなく、アートの背景や作品を所有する意味を理解し、丁寧に楽しんでほしいと思っていたからです。その意図に基づき、様々な角度からアートの価値を知っていただくことを重視したメディアを作りたいと考え「ARToVILLA」を立ち上げました。
最近は、Z世代を中心に、作品の背景や社会への影響なども知った上で作家を好きになり、作品を購入するという方が増えている印象です。
――アートを日常に浸透させることは、資産の所有以外にどのような価値をもたらすのでしょうか?
NYAW inc. 代表 キュレーター 山峰潤也(以下、山峰):自宅に作品があることで、作品や作家との親密度が上がります。作家との共感性が駆り立てられると、作品を選んだ自分が「何を大事にしているのか」がわかってくるんです。それこそがアートが日常に浸透する価値だと思います。
よく、「観る」のと「買う」のは違うと言われます。作品は決して安いものではないので、買う時はじっくり検討しますよね。「作品が自分にとってどんな意味があるのか」を考えて購入に至る、その時間も大切な価値なのかなと。
美術館などに属さないインディペンデントなキュレーターとして活動。作家や企業、行政との幅広いネットワークを持ち、国際的な仕事も手掛ける山峰さん
――百貨店がアートに関して情報発信する意義について、どのようにお考えでしょうか?
村田:意義は2つあります。一つは、全国の拠点にある既存の販売チームと連携してイベントや展示会を行い、店舗の売上に貢献すること。もう一つは、「ARToVILLA」での情報発信によって、イベントへの送客ができていること。大丸東京店で開催したイベント「ART ART TOKYO」には、約16%の方が「ARToVILLA」を見て来場されたというデータもありました。
かねてより百貨店は美術品の販売や展示を事業の一つにしてきたので、アートに理解のあるお客様との繋がりも深いです。そうしたお客様に対しても、「ARToVILLA」を通じて新たなアートの楽しみ方を提案していけるのではと思っています。
「ARToVILLA」のサイト。アートの紹介はもとより、アーティストを深掘りする連載も充実
次世代アーティストを取り上げる2つのプロジェクトを同時開催
――2023年10月に京都で開催されたアーティストの支援とアートの展示販売について伺います。どのような内容だったのでしょうか?
村田:一つは次世代アーティストを支援する「Ladder Project(ラダープロジェクト)」です。これは、アーティストにとって代表作となるような作品、つまり今後さまざまな展覧会に呼ばれるような作品の制作を、大丸松坂屋百貨店が支援するプロジェクトです。「アーティストと世界をつなぐ架け橋」という意味で「Ladder Project」と名付けました。
第一弾として、2組のアーティストの作品を日本と海外のギャラリーが協働で運営している国際的なアートフェア「Art Collaboratoin Kyoto(以下ACK)」に出展。国立京都国際会館とBijuuの2か所で展示を行いました。ACKには、富裕層からアートに敏感な若い人まで幅広い方が来場します。この機会に他の作品も見てもらいたいと、サテライト的な位置付けで「ARToVILLA MARKET Vol.2」を企画しました。
国立京都国際会館で開催された、スクリプカリウ落合安奈さんの作品展示会場の様子(画像提供:Ladder Project powered by Daimaru Matsuzakaya)
京都市内のBijuuにて展示した玉山拓郎さんの作品(画像提供:Ladder Project powered by Daimaru Matsuzakaya)
山峰:アーティストは、レベルの高いアーティストとして認知されるために、世界的な美術館に作品が収蔵されること(パブリックコレクション)を目指します。そのためには、美術館や国際芸術祭でキャリアを重ねていく必要がある。そういった舞台に呼ばれるような価値のある作品を作り、次へのステップへ繋ぐことはアーティストにとってとても重要なんです。「Ladder Project」はアーティストのキャリアを支援するためのプロジェクトで、私は企画段階から参加しています。
――Ladder Projectは今後どのように展開される予定ですか?
村田:Ladder Projectは今回の展示で終わらず、今後も展開していきたいです。我々の支援によって作られた代表作が、違う芸術祭を巡回して世界に羽ばたいていくのが理想です。
山峰:現在、世界にはオークションなど一部の美術マーケットの中で価値が跳ね上がっている作品が多く存在し、アートの価値の乱れが起こっています。そういう中で、売れやすいものだけが評価されるのではなく、探求心や実験精神を持つアーティストがその表現を示す機会を提供したいと考えています。
「ARToVILLA MARKET」の様子
――ARToVILLA MARKETは「Paradoxical Landscape」をテーマにしていました。日本語で「逆説的な景色」「奇妙な景色」などに訳せますが、この狙いや展示のこだわりなどについて聞かせてください。
山峰:都市の風景が変化する様や、現実と虚構が入り交じる風景をイメージして、京都の古民家カフェを舞台に現代アートを展示しました。アーティストの選定に関しては、京都という伝統的な街に対して異質な風を送り込むことを意識しました。テクノロジーやアニメといったサブカルチャーに強い日本と、伝統的な建築や風景を残す京都、一見遠く離れたように見える風景がぶつかりあったときに一種のハレーションが起こる。ハレーションと聞くと、「眩しさ」など必ずしもポジティブな意味合いではないですが、それが美しい「輝き」に変わることもあるのかなと。ですので、あえてACKに出展している作家とはまた違ったオルタナティブなアーティストを選びました。
浦川大志作「複数のパース(視点)」。デジタルがもたらした世界観を、現実世界にフィードバックした作品
G I L L O C H I N D O X ☆ G I L L O C H I N D A E作「DROP-02」。漫画、映画などのサブカルチャーに触れて育ってきた作者。都市で起こる青年たちの物語が題材
アート×百貨店の未来 アート支援で企業価値の向上も目指す
――今後、「百貨店×アート」のシナジーをどのように発展させていきたいとお考えでしょうか?
山峰:中国にモデルとなるケースがあります。アートを取り入れたショッピングモールを展開している企業があるんですが、創設者が文化財団を持っていて、世界中でさまざまなアート支援を行っています。彼の場合、一企業としてだけでなく、中国の文化をどのように世界に浸透させていくかという大きな戦略を意識してアートに投資している。文化を通して国際社会におけるプレゼンスを高め、それがひいては自身の会社に還元されるという、高い視座を持っているんです。
村田:その事例は当社の中でもベンチマークとして捉えています。文化活動を支援する活動が、短期的な売上への貢献だけでなく企業価値を上げる新しい施策にもなる。そういう視点を持って、今後もアート分野のプロジェクトを推進していきたいです。
山峰:今世界は経済がリードしているので、人々がものを買うとき、市場価値や利便性などが重視されがちです。しかし本来は文化的価値や、所有したときの喜びなどの感情が購買を促し、その結果経済が回るというのが理想です。我々は文化的価値を再定義して、もう一度お金と文化の関係性を見直すときに来ているのではないでしょうか。
百貨店のルーツに当たる呉服や工芸品など、日本には独特なものづくりの文化があります。これをどう守り育てていくかを考えることは、日本が国際社会の中で文化立国としてプレゼンスを発揮するために必要だと思うんです。
百貨店には「いいものを届ける」というプライドを持ち、「ものに何が込められているか」を考えている方々がいます。私は、そこにコラボレーションの意義を見出しています。
村田:百貨店は「審美眼」をもとに商品を提供してきた歴史があります。それぞれの時代における価値観の変化を経て、今、その必要性を問われています。だからこそ、もう一度原点に帰って「もの」の価値を見定め、その背景をしっかり伝えていくことが大切だと思っています。アートに関しては、まだまだ価値の伝え方を変えられる領域だと思っているので、「ARToVILLA」を通して様々なチャレンジをしていきたいです。
ARToVILLA(外部サイトに移動します。) https://artovilla.jp/ |
PROFILE
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Photo by Mayumi Hosokura
山峰 潤也
キュレーター/プロデューサー/株式会社NYAW代表取締役
東京都写真美術館、金沢21世紀美術館、水戸芸術館現代美術センターにて、キュレーターとして勤務したのち、ANB Tokyoの設立とディレクションを手掛ける。その後、文化/アート関連事業の企画やコンサルを行う株式会社NYAWを設立。主な展覧会に、「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」、「霧の抵抗 中谷芙二子」(水戸芸術館)や「The world began without the human race and it will end without it.」(国立台湾美術館)など。また、avexが主催するアートフェスティバル「Meet Your Art Festival “NEW SOIL”」、文化庁とサマーソニックの共同プロジェクトMusic Loves Art in Summer Sonic 2022、森山未來と共同キュレーションしたKOBE Re:Public Art Projectなどのほか、雑誌やテレビなどのアート番組や特集の監修なども行う。また執筆、講演、審査委員など多数。
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村田 俊介
大丸松坂屋百貨店 プロジェクトマネージャー
大学では建築を学び、2008年入社後は、百貨店各店の内装デザインやファサードデザインなどの空間のデザインディレクション業務を担当。18年より未来定番研究所を兼務し、19年の大丸心斎橋店の再開発プロジェクトでは、2組のアーティストの大型作品のプロジェクトマネジメントを担当し、21年より現職へ。このメディアを通してアートが介在する暮らしの豊かさを一人でも多くの人に伝えたい。趣味は子供と太陽の塔に行くこと。